『風の大陸から』第2話

Description

DSC_0155無音で冷たい黒い波が怒涛のように押し寄せ、一挙に背中に当たって砕けた。飛び散った黒い世界が目の前に広がり、この空間はなんだろうと一瞬考えたが、すぐ二度目の衝撃が背に走り強い力で現実に引き戻された。天地が逆さまの視界になっていた。次に引き裂かれるような胸の痛みに気がついた。何が起こったのか理解できなかったが、生きていることだけはかすかに感じ取れた。

 

2011年12月7日、僕は北へ向かう凍った路上で、トレーラーに背後から追突された。
その日の朝、仲良くなった山羊農家に見送られて北へ向かった。峠を何本か超え、あるカーブを曲がると下り坂になった。前方にトレーラーが見え、背後からも大型車の音が聞こえた。

激しい衝撃が背中に走ったのはその時だった。一瞬何も聞こえなくなり、しばらく間をおいて自分の呻き声で覚醒した。雪の中に埋もれ痛みで擦れた声が口から漏れる。天地が逆さまのまま、ようやく撥ねられたのだと理解できた。大型トレーラー(国籍不明)は僕を置いて走り去っていった。

「北欧は福祉先進国なので現場を取材したい」という希望が叶い、僕は入院することになった。検査の結果、背中の骨が一部軽い損傷を受けた程度で済んだ。これは飛ばされた場所にガードレールや標識がなかったこと、そこが深い雪に覆われてクッションになったことなど、状況すべてが僕にとって幸運に働いたためだ。
横になっていると、マリという名の看護師が僕の腕を優しく撫でてくれた。

おぉ!衝突されたのと同じような衝撃が走った。「そうか、この女性に出逢うために事故にあったのか!」何事も必然にして起こると考える僕は直感しロマンティックなムードを作ろうとしたが、我慢を重ねていた膀胱はそのとき破裂寸前で「トイレに行きたい」と血走った眼で訴えるのが精一杯だった。僕の真剣な眼差しにやられ彼女は大急ぎで尿瓶を持ってきてくれた。マリは勤務が終わると僕に一瞥もくれず帰って行った。

おかしいな、彼女が運命の人じゃないとするといったい誰だろう。首をかしげていると交代の看護師、シリーが来た。特別僕に優しい気がする。あ、この女性だ!と僕は直感した。だがその後、僕の直感は出逢う女性すべてに過剰に働いて、いま思うと事故の影響は斯様にも大きかったのだと言わざるを得ない。

僕はその後、再び山羊農家でお世話になり、自転車は後部をかなり修理して戻ってきた。旅も人生も何が起こるか予想できない。交通安全と直感を大切にしながら路上の旅人であり続けたい。

 

「風の大陸から」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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