『風の大陸から』第3話

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Description

ノルウェーを北上中交通事故にあった僕は、小さな街の病院で一昨日知り合いになった山羊農家のビダール・マリアンナ夫妻と再会した。2人はインターネットのニュースで事故を知った息子からの連絡を受け、急遽病院に駆けつけてくれたのだ。
2人の家に戻り療養が始まった。ここには6人の子どもがいて、そのうちのオルガという10歳の女の子は馬が大好きだった。部屋の中は馬の写真と彼女が描いた絵がいっぱいで、僕は馬の絵ばかり描いていた幼い頃を思い出した。
彼女は覚えたての日本語で「ウマ見ニ行キマショ!」といつも誘ってくれて、1kmほどの雪道を進み馬に逢いに行くのだった。
ある日、7歳になる弟のアンダーシと3人で馬を見に行くことになった。その日は朝から降り続いている雪で歩くのが少し困難だった。ラッセルのつもりで道を作ろうと先頭に立って歩いていると、オルガが後ろから「リオ、ちょっと早い」と声を上げた。弟のアンダーシが疲れると言いたいのだ。そこまで気を回せなかったことを反省しながらしばらく進むと「ちょっと荷物を持ってくれない」とオルガが言った。あぁ、いいよ。ははぁ、彼女も疲れたなと思いきや、オルガは僕に小さなディパックを預けると、弟を負ぶさり雪道を歩き始めたのである。
事故で背中を痛めてから、マリアンナとビダールの言いつけで僕には重い荷物を持たせないように子どもたちは言われていた。ストーブの薪や荷物運びも子らが手伝ってくれた。オルガは僕が背負うよという提案をあっさりと断り、ごめんね、リオに荷物を持たせちゃってと逆に謝った。
オルガの息が切れだした頃、僕らは森の中の馬小屋に辿り着いた。馬たちは雪を被ってじっとしていた。ディパックから彼女が用意したレモンティーを取り出して3人で飲んだ後、僕らは帰路に着いた。ノルウェー南部の冬は午後3時には日が暮れ翌朝11時までは日が昇らない。午後5時は完全に夜である。ライトに照らされた一部だけが闇の中に白く浮かび目の前に道を作った。
林の小路から大きな道に出た後、彼女ははじめ渋ったが、結局ねだる弟をソリに乗せ先に立って引き始めた。イヤッホーッ!アンダーシが喜びの声を上げた。オルガがどんな表情をしているのかここからでは見えない。けれど、背負いきれないほどの姉としての誇りとやさしさが降り積もる雪と一緒に小さな背中に乗っかっている。ビダール・マリアンナたちの家までもうすぐだ。アンダーシの歓声がまた静かな冬の道に響いた。

「風の大陸」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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