『風の大陸から』第4話

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Description

7人による手作りのパーティーはブランディ・カーラインの甘い曲から始まった。スポットを浴びた最上級生たちが現れると会場は歓声と拍手に沸いた。ここには可愛らしさと、どこかに懐かしさも漂っていた。
人口500人のキビックナという町の小中学校で開かれているクリスマスパーティーに来ている。1週間前に僕はこの学校で旅の講演をし、そのときの縁で招待を受けたのだ。お世話になっているヤギ農家の子どもたちと一緒におめかしをして出かけた。今夜は「自転車野郎」ではなく貸してもらったスーツで決めている。
海外初となった講演は概ね好評で、生徒たちの中には僕の名を覚えてくれている子が何人かいた。その子たちは僕の手をとりダンスに誘ってくれるのだが、いかんせんリズム感もセンスもなく足を踏んだり手が解けたり散々であったが、手をつなぐだけでもいいやと鼻の下を伸ばして一人納得するのだった。
最上級生の中にニコリーナという女の子がいた。彼女は独学で日本語を学んでいる子で何かと気を遣ってくれた。そして日本でもダンスはする?とセンスゼロの日本人に訊くのだ。彼女がきれいな子だったものだから、つい「いやぁ日本ではもうちょっと上手に踊れるんだけどね」と口走ってしまい、成り行き上「ヤパンスク(日本の)ダンス」を教えることになった。
知っているダンスは一つしかない。下関で幼少を過ごされた方ならひょっとして学校で習ったかもしれない、馬関祭りでも見られるあの「平家踊り」である。「ヤトエェソラァエェノ……」カクテルドレスやスーツを着た子らが平家踊りを舞う様がおかしかった。
踊りを終えて一休みしていると、最上級生の一人ヨンヌが「実は僕たち、リオのためにお金を集めました。旅に役立ててほしくて」と透き通る目で言ってきた。残りの6人の生徒も集合した。BGMはロックからバラードに変わりオレンジ色のライトが生徒たちを照らしている。この子たちは自分たちの行為がどれほど一人の男を幸せにしているか気付いているだろうか。自分たちで話し合い、一度出逢っただけの行きずりの男を助けようなど、人の心をこんなにもあたたかくする術を彼ら彼女らは一体どこで覚えたのだろう。

「タック(ありがとう)」僕は何を言ってよいのか分からず、呆けたようにただその言葉を繰り返した。
この国の冬は確かに暗くて長い。だがそのベールの下で、寒さを糧とした子らのあたたかさが育っている。寒さは人の温かさを育てるのかもしれない。

 

 

「風の大陸から」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞

http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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