『風の大陸から』第9話

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Description

DSC_0713予報よりも早くストーム(暴風雪)が来ようとしている。不気味に広がった厚く黒い雲。その重みが小さな町の空をたわませ、人々の心まで押しつぶしている。
北極圏まで直線距離で約80km。スウェーデン北部、ボーデンの街に着いた。時間節約のため一部は電車を使ったが、その車窓から見えた風景は、得体の知れない獣の腹腔の中に入っていくような感じがして恐ろしかった。吹雪で何も見えず、時折、踏み切りの赤いランプやオレンジ色の街灯が闇の中にポツンと浮かんでいるだけなのだ。

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宿をとりストームをやり過ごして、1月17日、僕は初めて北極圏に入った。ここから先は、冬のある期間、極夜といって太陽がまったく昇らない地域となる。毎日雪が降り続くかと思えば、それに日照時間の短さと風が加わり行く手が遮られ厳しさもひとしおだ。
1月23日、午後2時、気温-24.8℃。凍傷気味の手足が気になるものだから周囲を見る余裕などなく自転車を走らせ開けた雪原に出た。その途端、風景がぐわっと起き上がり目の前に立ちふさがった。異様な風景だった。DSC_0727
疫病に冒さればたばた倒れていく人の群れのように見えた。どの木も雪の重さに耐えかねうつむき下を向いている。うめき声も何も聞こえない静かで凄みのある風景。すべての木が冬と闘い、今を生き抜いている緊張感がそうさせるのだろう。僕は圧倒されてしばらく黙ったままその平原に立ちつくした。

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雪を背負っていない木などなかった。大きな木は折れそうなほど枝を曲げ、小さな木はそのひ弱な枝に雪を乗せて耐えている。冬に負け中ほどから折れた木、そう遠くない日に倒れるだろう木もいたるところに見えた。幹がひび割れ傾ぎ倒れそうになりながらもまだ生き抜こうとする木々の姿。僕はその姿に打たれた。

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再び自転車にまたがったとき風景はただの風景ではなくなっていた。あの大きな木は一体何度の冬を乗り越えてきたのだろう。あの幼木は厳しい冬をどれだけ越さねばならないのか。北極圏で生きていくということは困難で、生き抜くということは偉業だ。
その夜、僕は運よく知り合いになれた人の家で寝ることができた。ここで生まれた人と、日本で生まれた僕と様々な違いはあるが、それぞれの業を背負いそれぞれの場で生きるしかないというそこだけは、あの木々と同じく何も変わらない。DSC_0635

 
テレビのニュースで、美人のアナウンサーが3日後にストームが来そうだと告げている。あの雪原の木々は、はたして次のストームを乗り越えられるだろうか。

 

 

 

「風の大陸から」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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