Democracy

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2015年5月29日、民主主義を標榜して政府に抗議した友人が、警察に連行されそのまま帰らぬ人となった。政府が憲法を解釈変更したことへの、大規模な抗議デモの最中のことだった。
独裁に異を唱え、平和的手法をもって憲法と民主主義への回帰を訴えた彼は、自分の考えを発しても許されるという民主国家では当たり前のことをしただけだ。人間の尊厳がかくも軽くなぎ倒され、国家が自国民を殺す惨状は既に内戦の入り口を予感させた。

これは東アフリカ、ブルンジという国でのできごとである。自転車に跨り僕がアフリカにいた頃の話だ。だが近いうちに、僕たちの国も同じ道を歩むかもしれない。これまでは予兆であったものが、7月10日を境に、梅雨明けの入道雲のようにムクムクと膨張を始め現実が目前までやってきた。

参院選が終わった。改憲勢力が3分の2を超えたという。そう遠くない日に改憲発議がなされるだろう。
政府は改憲のための国民投票法案を2007年に通している。有効投票数の過半数を得れば、改憲ができる仕組みだ。国民の過半数ではない。投票率が10%でもその過半数が賛成なら改憲となる。最低投票率の設定もない。いつもの選挙同様、投票率が下がれば組織票を持つ与党の圧勝だ。

少しだけど世界に出て旅をしてきた。銃で武装していた訳でも護衛を連れていた訳でもない。しかし、僕はいつも守られていた。「日本人」であること、「日本」というブランドに、である。日本人だから助けるという言葉を僕は何度も身に浴びた。世界の中で大方、今はまだ好意的に、日本は特別な位置にいる。
憲法9条により、他国の人間を一人も殺していないという事実が、70年かけてようやく信頼に変わってきた。理想論だと言われようとも、裸一貫で地べたを這ってきた旅人の実感として、9条は現実的な力だった。

政府の後ろ盾がない人間を実質的に守ってくれるのは、時の政権や外務官僚や為政者のリップサービスなどではない。それまでの「日本」や「日本人」が長年積み重ねてきた歴史的事実だけだ。否応なく、僕らは先達の生き方の結果に立ち、僕らの選択は、僕らの子どもたちが世界で置かれる状況を決めていく。

アフガニスタンで長年医療活動を続けている日本人も、同国で軍閥解体の指揮を執った日本人も、米英や他の先進国にはできなかったことを、戦後、(直接的)戦争加害から距離をとり続けてきた日本だからこそ成し得たと幾たびも口にしている。ルワンダの地に根差して義肢製作を続けている知人や、ニジェールの砂漠で人々と並列上で暮らしている知人たちも同じ思いのはずだ。
屈指の力を持ちながら他国の人間を殺さなかった事実が、日本人の安全保障にどれだけ貢献しているか、銃やSPで壁を作り守られ続けている政治家たちには想像すら及ばないだろう。

国連安保理で拒否権を持つ5つの国のように、武力によって他国を威圧する国があることは事実であり、世界を廻ってその理不尽さを確かめてもきた。国を司る人間なら、最悪の事態を考慮し手を打っておかねばならない。希望的観測は許されない部分がある。
だが改憲賛成派の友人が不安視する近隣国の脅威は、個別的自衛権で語られるべきテーマであって、改憲の焦点である集団的自衛権や緊急事態条項は、世界に敵をつくり、ブルンジのような反民主国家となる全く別の問題をはらんでいる。
かつて自由を奪われていたチェコ人が話してくれたことを思い出す。
「政府が一気にそれを奪おうとすると市民は抵抗する。しかし少しずつ奪っていけば、市民は自由を奪われていくことに麻痺していくのだよ」

現政権になって、ずっと禁じられてきた武器輸出が可能となった。中東で武力を振りかざすイスラエルと軍需産業で手が結ばれた。秘密保護法ができ、ジャーナリズムが廃頽し、最低投票率の設定もせず国民投票法を改正し、政府の独断で憲法解釈が変更され、選挙の争点では改憲をひた隠しにする。少しずつ、どこかおかしくなってはいないか。

フランスでもイギリスでも、平穏な日常に「テロ」「爆弾」「非常事態」などが現実のものになって現れようとは、一般市民は少し前まで現実的に考えなかっただろう。だがそれは、彼らの国がイラクでアフガンで、世界の多くの地域でずっと行ってきたことだ。正義の名の下、無辜の人々が誤爆の一言で片づけられてきたことだ。
日本はどうだろう。自分たちの街で爆弾テロが発生し死者が出ることを、リアルにイメージする人はどの程度いるだろう。
集団的自衛権とは、70年間地道に創ってきた日本というブランドを捨てて、自分たちがいまからそこに積極的に参戦していくということだと思う。加害者になる意識と覚悟を持たずに、僕たちは改憲の手前にいる。

国際貢献という言葉は、今後、日本政府が錦の御旗にして使う用語となる。「正義」や「民主主義」や「人道支援」と同じように、「国際貢献」という語も、「最新鋭戦闘機」や「ミサイル」や「誤爆」といった言葉と同時進行で扱われる。力を持つものによって言葉が凌辱されていく。

安寧の中にありながら、その安寧が信じられなくなりつつあるのを僕は感じている。その実相をまともに受け止める覚悟がなかったことに、今更ながら気づき戦慄する。そして腹を決める。たとえ一人になっても声を上げようと。
ブルンジの若き友人の死と、今回の選挙結果は、遠く隔絶された世界でありながら根は同一だ。もはや戦後ではない。戦前である。

Photo:Burundi
追記:亡くなった友人と、早朝のトゥルカナ湖で漁を見ていた。静かで平和な光景だった。

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