『風の大陸から』第29話

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Description

旧市街広場から程近い場所にあるミカルスカと呼ばれる狭い石畳の通り。今朝まで友人家族と一緒にここを歩いていたのに、一人だと街は急に広くなったようだ。待ち合わせをした露店、ビールを買った角の店。道の女神像、汚れたライブのポスター、時計塔のラッパの音にも友人家族の存在が感じられる。

「また一人に戻ったねぇ」僕は自転車に話しかけた。

年末年始、僕は友人の音成耕治氏、その家族と一緒にいた。

“人は人の中では人を感じず、一人になった時に人を感じる”という言葉を、2008年北南米縦断前に僕にくれた人物であり、旅の中でその言葉を反芻する日は多い。僕らは旅の途上で再会しようという約束をしていて、それがこのプラハ(チェコ)の街だった。

耕治氏は佐賀県の中学校教師で、現在は上海日本人学校に勤務している。妻の奈美さんと2人の幼子が寝た後、毎晩僕らはホテルの部屋の隅でチェコのピルスナーを手に話をした。

耕治氏は自分の経験を交え現場の話を教えてくれる。彼と話す度、僕は社会での自分の経験のなさを実感し、だから、僕は僕独自の経験を積まねばならないと改めて思うのだった。

 

1月1日、再会を約して音成一家は上海に帰っていった。

 

時には肌が触れ合うほどに近く、時には遠くに離れてみるという距離の程よい遠近が人との絆を深めることがある。それこそが一人旅の効用だと思うから、一人のときはできるだけ一人になった方がいい。僕にとってそれは不安や寂しさに慣れるためというより、その根元をじっくりと探り自分の立ち位置を確認するためである。僕という人間はどれほど恵まれた時代と場所と人に囲まれているのか、それが一人になり自分に向き合ったときに見えるからだ。

いま僕は薄暗い安宿に移動し、旅立ち前に彼からもらった手紙を再読している。そこには出発の不安に揺れているだろう僕を気遣い、不安に向き合うことこそが自分と向き合い、自分を知ることになると書かれていた。寂しさというものもきっと同じだろう。彼の一文字一文字をなぞることは、そのまま耕治氏の輪郭をなぞることだった。彼の手紙を僕はそっとしまった。

旅は長い。だがどんな状況であっても、僕はいつでも心豊かに旅をしていけるような気がしている。これまでの旅で圧倒的な一人を何度も経験し、僕は自分が孤独ではないこと、どんなに人に恵まれているかを、そこだけは十分に知っているから。

いのち最優先で今年も僕の旅を続けたい。たくさんの人に出逢うために、これからも走り続けていきたい。

 

追記:チェコのプラハで始まった2013年。この1年で僕は大きく変わっていると思う。2013年がどんな年だったのか、まとめるにはもう少し時間がかかるが、旅の道は、僕の人生自体と次のスタート地点に向けて必要かつベストだと考えている。この1年に出逢えた人、いつも僕を支え助け守ってくださっているすべての人にお礼を申し上げます。ありがとうございます。

 

「風の大陸から」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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