What’s a Cooperation ?

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Description

There are a lot of people who works for international cooperation in Africa. It is a great work. But sometimes  some of them looks down on local people. We are not a saint, and that work is not volunteer, I understand. Yet I think “what’s a real cooperation?”.

心地よい声音が僕の名を呼んだ。

「さて、リョオさん……」

ときは6年前、風の中に小さな冬の予感が入り込み始めた、2008年11月の晩秋である。

中米コスタリカの首都サンホセにある国家警察署内の長官室に僕はいた。建て替え工事の真っ最中で部屋を一歩出ると埃だらけの板やら鉄筋やらが幾重にも積まれていた。僕を呼んだのはアレンという名の初老の人物でこの部屋の主、つまりこの国の警察長官である。僕はサンホセに滞在している間、毎日のように彼を訪ね、食事をともにし、親しくなっていた。その日も一人の自転車乗りのために彼は時間を割き、僕の問いに丁寧に答えをくれたのだ。そしてそれが終わると、今度は彼が僕に質問をした。それは僕に「国際協力」をいうものの本質を考えさせるきっかけを与えてくれた。

「発展途上国のすべての人が望んでいること、それは何だと思いますか?」

 

面積5万km強、人口約500万人弱のコスタリカという小国は、日本と同じく平和憲法を持ち、軍隊を廃止した国である。魅力的な地下資源に乏しかったため、中米では唯一帝国主義の植民地支配から逃れられた国だった。そのため国は荒廃しなかった。「美女3C(※1)」といわれる美人の宝庫にして、「Imperial」という5星(※2)のビールが存在する、男性にとって嬉しい国でもある。教育水準は高く治安も良好で、また「火の鳥」のモデルともいわれる神秘の鳥、ケツァールもここにいる。だが僕がこの国に惹かれていたのは、前述したように軍隊を廃止した国という理由からだった。

紛争の火種が燻る中米地域で丸腰になることへの不安はなかったのか。なぜそのような選択をしたのか。困難だったことは何か。国民をどのように説得したのか。米国への圧力を回避する方法とは。軍隊を持たない国として最も恐れていることは何か。もしも他国が攻めてきたらどうするのか。ぶしつけな一人の旅人の問いに、いやな顔ひとつせずアレン長官は答えたのだ。

そのときの旅は極寒のアラスカから世界最南端の町と南緯55度に至る北南米縦断で、「幸せ」を考えることを大きなテーマとしていた。すべての人に共通する「幸せ」はあるのか。あるとすれば何か。何があれば「幸せ」になれるのか。それを考える際、どうしても通過しておきたかったのが、このコスタリカだった。

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僕は長官の問いを受けて即答した。

「“食”だと思います。飲料水や最低限の食料。それがすべての基本ですから」

カナダ以降ここまで、僕は各地で食べられない人々を目にしてきていた。豊かに見える米国やカナダでさえも至るところに食べられない人々がいた。「幸せとは何か」はさておき、その土台を根底から支えているのが、生命をつなぐ“食”であることに疑いはなかった。

彼の声は穏やかだった。

「その通りです。別の言い方をするなら“健康に関すること”を、最も人々は望んでいるんですよ。食も医療も住環境も、すべて含めてね。もしもリョオさんが国際協力というものを考えているなら、頭のどこかにそのことを入れておいてください。人々が何よりも望んでいるのはそのことだと」

 

そして話は僕の国、日本に移っていった。

「先進国といわれる国があります。“G7”ですね。どうやったらそれに残れるか知っていますか?それはね、とても簡単に言いますと、国民一人当たり約100ドルを毎年途上国のために使わないといけないことになっているんです。その領収書を国連に提出したら、あぁ、あなたはよくやったね、先進国だと、こうなるんですよ。日本はそのためにどうしたか。ある国際協力の団体を創りました。その前身は移民を斡旋する団体でもあったわけです。知っていましたか?目的は、もちろん、国際協力、国際援助です。でも別の目的は失業者対策。他には自国の若者を育てるため。例えば若者の国際感覚を、途上国を援助するという名目で、身につけさせていく。そのための研修費、学費、宿泊費、交通費、食費、給料、交際費、手当て、その他諸々のものを、途上国を援助するという名目で、自国民のために使うんです。そのすべての金額の合計が、国民一人当たり100ドルになればいい。“G7”っていうのは、それを行っている国なんです。でも、待ってください、もしも本当に発展途上国のために、国民一人当たり100ドルもの大金を使ったとしたら、どうなると思います?そうです。途上国が力を持ったら先進国は自分たちの首を絞めることになるでしょ。つまり、どこかで自分たちと途上国との溝が埋まらないようにしていかないといけないんですね。途上国のためにお金を使うのですが、それが自分たちの利益になるような仕組みを創らなければならなかった。それが、日本の場合、その国際協力の団体だったわけです。

私が長官になってからその団体が私たちの国を援助するといってきました。私たちは大統領とも話し合って、もし私たちの国を援助してくれるのであれば、医療先進国、日本の技術を擁した癌センターの設立を要望したいと申し出ました。ところが、できたのは大きな橋でした。そしてその橋は特殊な技術が必要だからと日本の企業が請け負いました。こうして途上国のためといいながら、お金は日本に返っていく。そんな仕組みがあるんです。溝が埋まることは永遠にありません。

なぜ私がこんなことを知っているか、驚いたでしょ?実はね、私はその団体で働いていたんですよ。日本の大学を卒業した後、そこで6年間働いていた。日本人学校にいたこともあります。妻は日本人ですよ。分かりますか。私は、日本を愛している。

私はね、人々のために役に立ちたいといって世界に飛び出していく日本の若者たちと一緒に仕事をしていたんです。彼らのことを尊敬していますよ。本当に素敵な若者たちだった。その団体の偉い人にも外務省の役人にも、彼らの夢を壊す権利なんてどこにもありません。でも私がいた頃の日本と、現在の日本と、基本的には全く何も変わってはいません。

私はね、悔しいんですよ。お前たちの国を助けてやるといいながら、彼らの利益ために私の国が利用されているのが。反対だったらどんな気持ちになりますか。

私は心から日本を愛しています。しかし今でも、心の一部では日本を憎んでいるんです」

外国人の視点で日本の国際協力というものを見たのは、このときが初めてだった。彼は当時の日本大使が不正を働いていたこと、外務省の役人の言動で気分を害したことも話してくれた。そして自分の妻のように、どんなに民間の人が長く活動を続けて現地の人の信頼を得ても、上の人の言動ですべてが台無しになることも。おそらく私情も交わり、時の経過とともに事実はいくらか脚色されていたかもしれない。しかし、私たちの国の援助というものの本質に、当時とそれほど多くの変化はないのだという認識は間違っていないと僕は思う。

 

南米で出逢ったある日本人はこのような話を聞かせてくれた。

「この国に来てひとつだけよかったことがあります。それはスラム(貧民街)の横を通ったとき、私の子どもに“お前たちも勉強をしないと、こんな風になるぞ”といったら、子どもたちが勉強をするようになったのです」

この話を彼に語ったのは、当時のその国に赴任していた日本大使である。一言一句同じではないだろうし、どのような状況で語られたのか分からないので、これだけでその言動を判断することはできない。また大使という職務が、直接スラムと関わるものではないことも理解できる。が、稚拙な願いをいえば、日本国を代表する者としてもう少し別の表現はできなかったのか。当時、その日本人は「国際協力者」という立場でその国に赴いていた。

最も援助を必要としているのは、マンションの高層に住む人でも外車を乗り回す人でもなく、最も大地に近い底辺の生活をしている人々だと気付いている方がいい。であるなら、大地に近い生活をする人々の中でともに生活をしなければ、「援助」というものの本質は見えてこない部分があるはすだ。

 

この夏、西アフリカのベナンで僕はある日本人に出逢った。国際協力の分野で大きな実績を持つのにとても腰の低い、全く威圧感を感じさせない人だった。

彼は「国際協力」という仕事に従事しながら、「協力者」という看板を下ろそうとしていた。下ろそうとしていたと書いたのは彼がそう語ったからで、彼はすでに「協力者」ではなかった。ともに生活をする「ただの人」だった。国際協力が何を意味するのか捉え方は様々だろうが、もしもその成果が、“ともに平和で豊かな生活ができるようになること”なのであれば、ともに生活をすること、それ自体が最大の「国際協力」になりはしないかと考える。

現地の文化を尊重し人々を見下すことなく(※3)ともに生活をするのであれば、お互いに何かを与え、何かを受け取ること、それは日常でありそれがすべてであり、それを国際協力とは呼ばないけれども、国際協力が最終的に目指している姿である。“ともに生きる”というのはそのことではないのか。

協力者として赴任する場合、成果を残さねばならないと考えるのは自然なのだが、何も数値的成果は残さずとも、ただいつも、ともに人々と並列上(※4)で生きていくという視点がいまの国際協力には欠けており、これからの日本の国際協力には加えられていい。

「協力者」という看板は、「国際協力」が目指している世界にとっては障害かもしれない。

コスタリカ、アレン長官の話を発端として、旅をしながら様々な場所で国際協力に携わる人と国を注視するようになった。世界各地で身を粉にして働いている方々には、改めて敬意を表したい。

何かしら人々の役に立ちたいと思いつつ僕という人間はいまだだらしなく風に吹かれて根無し草だが、僕自身の中で旅を続けながら意識するのは、最も援助を必要としているのは誰なのかということと、それが何か、である。「国際協力」とは何なのだろう。

 

旅は答えてくれている。

 

 

追記1:これは旅人の呟き。国際協力の舞台で働く人を批判しているわけではない。どんなことをいっても、そこに根を張って生きている人にはかなわないといつも思う。移動しいずれそこを離れていく人間に何も言う権利はない。

追記2:アレン長官は日本の外務省や国際協力の団体のトップの姿勢を批判しているのであって、志を持って世界に出て行く人々を批判しているわけではないことを、誤解のないように改めて補足しておく。国際協力や援助というものを考えるとき、いつも彼が僕の眼差しを見ている気がする。なおアレンという名は仮名である。

追記3:「植民地主義」が批判されるようになり、代わりに考案されたのが何であったか。すべてを否定も肯定もするでなく、「国際協力」や「開発援助」の生い立ち、光と影を見つけられる眼を持っていたい。

追記4:コスタリカの平和主義に関しては様々な意見が飛び交っているが、僕たちが学ぶべきことは多い。「積極的平和主義」を実践努力しそれを自国の安全保障につなげているのは残念ながら日本ではない。単なるスローガンで「積極的平和主義」という言葉を使うべきではない。

追記5:人々が望んでいることは健康に関すること。それをよく理解しているのがキューバである。自由主義圏のある国からは危険視されているが、世界で支持する国が多いのはもっともだと頷ける。キューバは世界の貧困地域に医師や看護師を派遣しており、医学留学生も無料で受け入れている。入学条件のひとつは自国に帰って貧しい人々を助けること。貧しい村出身の僕の友人も昨年そこを卒業した。

追記6:コスタリカもキューバも米国も日本も、光と影が必ずある。影があるからといって決してすべてが否定されるべきものではない。双手を上げて肯定されるべきでもない。

※1:Costa Rica, Colombia, Chile-コスタリカ、コロンビア、チリの3ヶ国。美人が多い国として知られるが諸説あり。僕はこれにキューバを加えて4Cとしたい。ついでに言えばメキシコとブラジルにも美人が多い。アルゼンチンにもグアテマラにもヨーロッパにもアフリカにもどこにも美人は多い!けどやっぱりもちろんにほんのジョセイガサイコウヨ!

※2:北南米では、カナダ、米国、コスタリカ、キューバ、パラグアイ、チリのビールが5星を獲得している。判定者はもちろんこの私。独断と偏見とそのときの体調、気分次第である。

※3:国際協力に従事している人の中には、現地の人を明らかに見下している人がいる。人間は常に清くはいられないし、仕事で派遣されて渋々来ている人もいるだろうし、確かに仕事をしない現地人がいるのも事実だが、見ていていい気持ちはしない。突然来て、数年したら帰る人が、自分たちの文化や生活方式や仕事の進め方を否定したとき、どんな気持ちになるのかという想像力が欠けている。そこには現地の人と文化に対する敬意がない。どこの文化も長年かけて築き上げられてきた本当にすばらしいもの。

※4:日本的常識に捕らわれた人にとってこれはとても勇気のいることだが、その方がよほど国際協力=ともに平和で豊かな生活ができるようになることに貢献し日本の次世代を育てることにもなる。日本の安全保障の一部はここで創られるべきだ。

 

 

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