『風の大陸から』 未送信分

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1月22日。スウェーデンからフィンランドに入った。気温は-32.5℃を記録。午後2時には日が沈み5時過ぎ、顔中氷塗れになって幕営場所を探していた。夏ならこの辺りはすばらしいキャンプ場になるだろう。しかし冬は除雪された雪が道路脇に山のように積まれキャンプ地を探すことができず、今日は人の敷地にテントを張らせてもらうしかなかった。

一軒目。訪れた僕を見るなり二人の男はシッシッと手を振った。まるで犬を追い払うかのように。二軒目。中から二人の男女が顔を出し「No,No!」と強く言った。外は-30℃なのよ、キャンプなんてできる訳ないじゃない。そう言ったのかと思った。家の中ではなく広大な敷地の一角にテントを張らせてほしいと言っているだけなのだ。まさか断られるとは思わず、まごまごしていると「ここはキャンプ場じゃないんだ、早く行け!」男から一蹴を喰った。

その家を辞しながら考えた。僕はいささか得意になっていなかったか。これまでラジオや新聞で10回以上も取り上げられそのどれもが大きな扱いだった。冬の厳しさを知る人々だからこそ、僕の旅程に驚き心配し惜しみない賞賛を贈ってくれた。そのことに慣れて来てはいなかったか。どこかに「こんなにがんばっているんだから、テントくらい張らせてもらえるでしょ!」という甘えがなかったか。

そう思った瞬間、急に覚めて、そうだった、なにも特別なことをしている訳じゃなかったと自分を省みた。僕のしていることは“自転車で海外を走っている”というただそれだけのこと。僕は原点に戻れた。

道路脇はどこまでも雪の山が続いていた。手足の指は痛みを越えて感覚を失い、視界は二重三重の光の輪が浮かびよく見えなかった。寒さで目に異変が起きていた。

しばらく歩くうちに小道があって一軒の家につながっていた。ドアを叩き眼光鋭い老人に絵で説明をした。彼はおもむろに携帯電話を取り出してフィンランド語で何やら話し、僕に押し付けた。若い男性の英語が聞こえて「その家のおじいさんはテントではなく、隣の部屋で眠れと言ってる」。重い疲労と安堵で僕はその場に崩れ落ちた。

2軒の家で断られたこと、それは「不幸」だったのだろうか。僕に気付きを与え、なお暖かいソファに導いてくれた。人生は塞翁が馬、めくるめくメリーゴーランド。不幸は周りまわって幸せに転化していないか。

何が不幸か僕には分からないことがある。だから悲しいことがあっても辛いときがあっても、笑って前に進むしかない。

 

「風の大陸から」は山口新聞の紙面で連載中です。

山口新聞
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/

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