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Description
Amienata was a girl who is cool ,busy bee and kindly. I met her in a small village of Gambia. What’s the unhappiness for her that she is the most intelligent person among 5 children of family. Her house can’t buy pencil or notebook for all children. A person who can live if that person don’t go to school was Amienata.
Every morning Amienata see off her brothers or sisters or friends go to their school. After then she is doing housework and waiting her brothers or sisters or friends back to village. She is a hunger for knowledge. But she can’t go to school.She doesn’t say “I wanna go to school”. Probably she might abandon that. But I feel her voice which say “I’d like to learn !” from her inside.
At the morning when I left that village, I asked her”Do you have a dream ?” This time I asked local language by interpreter. Day before yesterday she answered “I have no dream”.
“My dream. I want to go to school and to learn. I want to think about my future”.
Somebody’s usual everyday is somebody’s difficult dream or unusual everyday.
※Now I am in Conakry of Guinea. I have many experience and memory from Banjul Gambia to here. However it is unhappiness, I have no time to write every thing. I appreciate great friends of Gambia, Senegal, Guinea Bissau and Guinea. Many people are carrying me, therefore I can continue my journey. Merci, Thanks.
ガンビアの小さな村、バソリで出逢った16歳のアミナタは、とても気の利く働き者の優しい女性だった。この娘が不幸だったのは、5人姉弟の中で一番勉強ができたことである。 貧しい農家の彼女の家には学校に必要な制服や鉛筆やノートを5人分も買うお金がない。誰かが犠牲にならなければならなかった。この子は頭がいいから、学校に行かなくても何とか生きていける。父親にそう判断されてしまった。
毎朝、アミナタは弟や妹、友人たちが学校に行くのを見送り、後はずっと家事をしている。そして小さな村の粗末な家の前で、弟や妹や友人たちが帰ってくるのを待っているのだった。
頭がよかったから学校に行けなくなってしまった16歳の女の子。学校から遠ざかってもう7、8年が過ぎる。好奇心旺盛で知識欲もあり、何より頭のいい女性である。 どういう国を走ってきたの?日本てどんな国?どこにあるのよ?アフリカはどこを通ってきた?バンジュール(首都)も通ったのね?僕の旅にも他の国のことにも興味を持った。 同じ長屋の一角に、小学校教師のアマドゥが部屋を借りて住んでいた。 「彼女はときどき僕の持っている教科書を読んでいる。どれだけ学校に行きたいのか、学びたいのか、僕は知っている。頭がとてもいい娘だ」
愚痴も弱音も吐かない。若いのに既にアフリカのどっしりとした女性の強さを身に纏い、その身を犠牲にして家族を支えている。学校に行かせてとは言わない。たぶんもう諦めている。でも傍に寄ると、学びたい学びたいという強い声が彼女の内から聞えてきそうだった。
「アミナタが学校に行きたがっているのは知っているよ。すまないと思っている。でも私の家ではそれは無理なんだ」 なぜアミナタを学校に行かせないのか尋ねると、温厚な62歳の父親、ドラメゥはそう答えた。父は父で、そのことに心を痛めてはいた。
出発の朝、僕はもう一度彼女を呼んで夢を訊いた。今度は英語ではなく、マンディンカという現地語でアマドゥに通訳を頼んだ。一昨日、彼女は僕の問いに「夢はない」と首を振った。いまは幸せ?という問いには、少し考えて「うん」とだけ答えていた。
「ねぇ、アミナタ。夢はある?何でもいいんだ。職業でもいいし、お金持ちになりたいでも、どこかに行ってみたいとか、きれいな服がほしいとか。夢はないという答えでもいい。何でもいいんだ。夢はある?」
アミナタは少し考え、静かにけれどはっきりとアマドゥに何かを話した。アマドゥが彼女の夢を僕に伝えた。
「学校に行って学びたい。そして将来のことを考えたい」
海外を走り始めてから足掛け10年。悔しいこと嬉しいこと、何度も泣いてはその度に、感情の水源が溢れないよう堰を厚く高く固めてきた。いま、多少のことでは堰は揺らがず水源の水も溢れないはずだ。けれども屈強な男が僕との別れ際に見せる涙の一粒や何の見返りも期待しない上り坂での少年の後押しや、学校に行けないアミナタの悲しい夢などといったものが、その堰に不意に小さな穴を開け、そこから決壊が始まることがある。
平和も自由も健康も、学校に行けることも学べるということも、それらを失っている人を前にすると、その貴重さやありがたさというものが、肌にひしひしと伝わってくる。
家族がいるということ。文字を習えること。ジュール・ヴェルヌが読めること。食べられること。電気を使えるということ。人を殺さなくていいということ。絵が練習できること。ボブ・マーリーを聴けること。好きな人と手をつないだり喧嘩ができること。銃声を気にせずに寝転がれること。笑えるということ。
誰かの当たり前の日常は、誰かの非日常や遠い夢であったりする。
追記:12日にギニアの首都、コナクリに到着した。現在、様々な人のお世話になっている。大規模停電やネット接続のわるさ以上に、隣国、シエラレオネのビザ取得が大変に面倒であり、そのためWebsiteやfacebookで近況の報告をする時間がなかった。現在もまだビザの取得はできておらず、明日は尋問がある。ガンビアの首都バンジュールを出てから、セネガル再入国、ガンビア再入国、セネガル再入国、山を越えてギニア、ギニアビサウ、ギニア再入国と大回りをしてきたが、山越えはサハラ砂漠に匹敵するほどの困難さだった。この旅最大の喉の痛みを抱え、本当に自転車たちも自分もよく耐え越えたと思う。荷を載せた自転車が通るにはあまりにも非合理的過ぎる道だった。 この期間に僕が見てきた、アミナタの夢同様、悲しかったり考えさせられた主題となりうる内容はとても多いが、どれを文章化するかはいまのところ分からない。できる限り忘れないうちに書き残しておきたいとは思う。 がツンガツンと、毎日、アフリカが体当たりしてくる。