『風の大陸から』第32話

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Description

2月初め、チェコ。山間の小さな村の入口で道に迷っていると、学校帰りらしい少年3人が僕を見つけて何やら話しているのに気がついた。

彼らの好意が感じられる僕への興味が嬉しくてチェコ語で挨拶をしようと思ったら、少年たちから「ハロー!」「サンキュー!」と声をかけてくれた。少し言葉を交わして僕は後ろを振り返りながら通り過ぎた。

しばらく走ってから写真を撮っておくべきだったと考えた。素敵な表情をしていたなと思い返せば、写真を撮らなかったことが悔やまれたけれども、道に迷い遅れ気味の行程が更に遅れていたから引き返さずにそのまま道を進んだ。

ところが3kmほど走りようやく地図に記載されている道路に辿り着くと「自転車走行禁止」の看板。落胆しかかったがそれは即座に期待に変わった。少年たちに逢えるかもしれない。疲れていたけれども引き返した。

冷たい風の吹く小川の辺(ほとり)を3人は固まって歩いていた。手を振り近づいて今度は僕から挨拶をした。

「ドブリーデン(こんにちは)!」

少年たちの笑顔がポンっとはじけた。僕は自転車を降り彼らを撮影した。そして北南米の旅の写真と僕の詩が書かれたカードを手渡した。3人は不思議そうに見入っている。彼らの真っ直ぐな好奇心が透けて見えるようだ。

「ヤパン、ヤパン!ビシクレッタ!カナダ、メキシコ、ブラジル!エウロパ!アフリカ!」

僕は日本人で、世界を自転車で旅していて、今はヨーロッパ、そしてアフリカまで行くんだ。そう伝えた。少年たちは僕が日本人であることは分かったようだったが、この旅をどこまで理解したかは判然としなかった。だが、そんなことはどうでもいい。彼らの中の、世界や違う国の人間に対する扉が少し開き、それが彼らの人生をより豊かにする手助けになるなら僕が旅に出た意味がある。いやもっといえば、少年たちがカードを喜んでくれたなら、それだけでよかった。

旅をして、いつからか「私たち世代の子どもたち」という感覚を持つようになった。どこの国のどの子どもを見ても、この子は私たち世代の子だと心が反応する。少年たちも日本や世界の子どもたちも、子らがどのような人生を送るかに、世界の私たち世代は責任を負っている。

「サンキュー!グッバーイ!」

谷を流れる小川の風に乗ったボーイソプラノ。3人は何度も立ち止まり手を振って僕を見送った。

“旅に出てたくさんの 見知らぬ友に逢いにいこう”

僕はその詩を、少年たちと出逢うために書いたのだと思った。

 

 

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