Large Image
Description
I like a pressed flower.
I have collected it since 10 years because I reached the most southern city of the world in Chile, South America with my bike. That ware my memorial.
After then, a pressed flower is my collection.
In this journey, I have seen a lot of flowers. When I find a flower, I feel good.
When I was my teens, I couldn’t notice the beauty of a small flower. However they have a great world inside.
My favorite flower is a hydrangea. There are many hydrangea in Europe. But no(or very few) a day flower. It’s a another my favorite. In Africa, I have seen it few times.
An expression is different but their root which a big baobab and a small day flower are the same. And we have same root too. A baobab, a day flower and us, we have to live each our standing place with given condition.
Probably the collecting flower is one of arrogance of human action, yet I love it.
花を集め始めたのは10年前のタンポポがきかっけである。冬の南米パタゴニアを南下し世界最南端の町に辿り着いたときには春が訪れていた。町の外れのタンポポの野原にテントを張った。あたたかな陽光に向かって伸びをする花たちを見ながら「世界最南端のタンポポ」を記念に3つ、押し花にした。
以来、旅に出ると花を集めるようになった。
このヨーロッパ・アフリカ縦断では、花の採集がこれまでよりも多い。花を撮影することもずっと増えた。かつては見逃していた、または分からなかった小さな草花の造形美。発露が異なるだけで逞しいバオバブとひ弱なタンポポは同根であることを、未濾過の世界にいると肌で感じる。
実はタンポポはひ弱ではなく、花たちは結構したたかだ。
東アジア原産で紫陽花と並んで好きな花、露草。ヨーロッパでは見ていないが、アフリカでは激しい風と砂と陽光にさらされて、コートジボワール、ベナン、ケニア、ウガンダ、ルワンダの少しでも水気が得られる場所に咲いていた。バオバブもタンポポも露草も僕たちも、それぞれに与えられた場で生きていくしかなく、そのしたたかさが生命のひとつの魅力だろう。
人間の傲慢さの最たるものである花を集めることが、この旅の楽しみとなっている。
ウガンダ、カンパラ中心部のタクシーパーク。約800台のハイエースが集まっている光景は壮大で迫力があった。はじめて見たとき、僕はメッカのカーバ神殿に集う白服の巡礼者の群れを連想した。「森幸魚網 銚子・波崎」「東京ランドリー」「高磯水産」「マイライフ・マイカー・マイレジャー!」など日本の中古車ばかり。ダンプカーも日本の中古で懐かしい。「昇組興業 山口県岩国市立石町」とか見ると、山口県や!と嬉しくなる。東や北日本の中古が多く西日本は少ない。まだ佐賀県と書かれた中古車は見ていない。
東アフリカの主食、ウガリ。キャッサバやトウモロコシやキビなどの穀物で作る。僕はこのウガリが好きなのだが(食べ物は何でも好きだが)、ケニアよりもウガンダの方が好みである。と書こうとしていたが、どうも各家庭や食堂の作る人によって味が全く違うということに気付いた。僕が最高に好きなのはキャッサバを原料として水をたくさん加えた、餅のような粘り気のあるウガリである。
カンパラ滞在中、その食堂ばかりに通っていて、それがウガンダのウガリだと思っていたが、他の場所で食べたウガリはケニアと同じく、味と質感の素朴な水分の少なく硬い豆腐のようなウガリだった。もう一度あの餅のようなウガリが食べたい。餅も食べたい。
ウガンダでは路上で一串40円ほどの牛の肉を売っていた。これがとても野生的でうまいのだ。味は塩と唐辛子。僕はタレ派ではない。断じてタレではない。塩だ。岩塩派である。肉は塩で勝負すべきである(タレも好きだけど)。毎夜毎夜、僕は宿の前の路上焼肉販売の兄ちゃんの前に座し(本当は立っていたけど)、この肉をこんな感じで焼いてくれ、もっと塩と唐辛子をかけてくれ、と注文し一人で何本も頼み(だって一串40円。量もある)常連になっていた。そしてきっちり冷えたビールを買うのだ。スーパーでは朝からビールしか買わない常連になっていた。毎日決まってきっちり4本(6本のときもあったけれど)。僕はもうカンパラ大好き。
バッタを食べると、お、これはまさに海老である!と僕は思った。イナゴの佃煮は味が濃すぎてイナゴの味は消えているけど、ウガンダで食べたそれはいい感じでバッタの味も残っていて、それがまさに海老の味なのである。海老に少し草の香りを混ぜたのが、ウガンダバッタの味。これは美味なり、おやつにいい。ときどき固い殻が口腔に刺さったりもするがそれも海老と似ている。虫が嫌いな人は売っているところを見ただけでダメかもしれない。羽と足をむしってそのまま売られているが、足や羽が半分残っているし、白や緑の触覚はまだ動き、黄色い口もパクパクしているのだ。それを生きたまま茹でたり揚げたりする。残酷だがうまく、まさに陸に生きる緑の海老なのだ。
ウガンダはマウンテンゴリラの生息地。最大の紙幣50000ウガンダシリングの絵柄はマウンテンゴリラである。マウンテンゴリラは絶滅危惧種の国際保護動物なので特別な山奥に行かなければ見られないが、バブーン(ヒヒ)たちは至るところにいた。そして恐ろしいことに、この人たちは結構でかい上に、僕を全然恐れないのである。多くは道路上にどっかと座り、腹を掻きながらボケーッとしている。中には股間をいじっているおっさんや口をモグモグしているばあさんもいるのだ。彼らは彼らなりに哲学的思考をしているのかもしれない。それは分からないが、分かるのは、この人たちとは分かり合えないなということと、喧嘩したら負けるなということだけであった。どーもどーもそれでは股!といいつつ、視線を合わせないように横を通り過ぎた。
モーリタニアの砂漠、ギニアの山間、エチオピアの秘境、ケニアの乾燥地帯。
いやというほど悪路は味わったから、今後はもうずっとアスファルトを走りたいと何度も思った。それでもまたも悪路を越えなければならないアフリカの旅。自転車が、アスファルトとは比較にならないほど傷む。今回のウガンダの悪路は大雨でアマゾン以来の赤土泥地獄だった。
ウガンダの牛の角は大変に立派である。ここまで大きな角は中々見られない。どの国にも牛はいるが、ウガンダの牛ほど立派な角を持つ牛はそうはいない。写真を見せてあげたいくらいだが、そういうのは僕の趣味ではないので、機会がある人にいずれお見せするにとどめるだろう。僕はこういう「角系」が実は好きだ。コーフンします。ハナイキ荒くなります。ケツアツ上がります。僕が武将だったら兜に角がほしいタイプである。
ウガンダの赤道を越えた。本物の赤道記念碑の100mほど手前に「Equator(赤道)」と書かれた小さな看板があり、そこで三脚を使い記念写真を撮影した。黒人が何人もこちらを見ていたが、そんなことで恥ずかしがる私ではない。何度もポーズを取り、イエェーイ!赤道ついにやって来ましたあ!などとバカなことをしていたが、そこは赤道ではないのである。見かねた野次馬の一人のおじさんが「キミ、そこ、赤道じゃないよ」と教えてくれた。
一応……念のためッス。えぇい……紛らわしい。
ウガンダ、ルワンダはお茶を産する。主要輸出品の上位に2ヶ国ともお茶がくる。この茶畑の美しいこと。ウガンダではその茶畑の中で野宿をしたが、朝露に濡れ、朝日を浴びたお茶の葉が本当にきれいだった。ルワンダではまだ暗いうちから人々がお茶の葉を摘んでいた。山や丘がすべて茶畑でそれは人間の暮らしが作る造形美である。佐賀にある西野家の墓は嬉野の茶畑の中に建っている。そこは僕が最も好きな日本の風景のひとつである。お茶は佐賀の嬉野産をどうぞ。山口には小野茶というおいしいお茶もあります。
東アフリカではバナナを自転車に積んで走る人が多い。このバナナ、相当に重いはずだ。それをガタガタの半分壊れかけた自転車で運んでいる。ギアなどはない。そういう自転車で懸命に運んでいる人々を見ると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。僕はいい自転車と下関の自転車屋さんの手厚いサポートに守られている。
好きなことをしていながら多くの人に守られている。きついなんて言葉は出てくるはずもない。旅はいつも楽ではないが、決して大変ではない。手渡しで次の人へ次の人へと運んでくれる人々の掌の上を僕は自転車で走っているに過ぎない。僕がバナナよりも重いものを担いでいるとすれば、必ず無事に帰るという約束だけ。ちょっとクサイ?いつもか!
ルワンダはアフリカで最も人口密度の高い国である。’12年度の調査では302人。日本は約330人。500万人以上の国家で世界最高の人口密度を有するのは834人のバングラデシュである。以下、韓国(459人)、オランダ(374人)、日本と続く。オーストラリアが最低で2人。ただし地域でいえばパタゴニア(0.01人未満)やアラスカ(0.36人)や砂漠地帯(地域によりばらつきあり)などは更に低く、どうでもいいことだが、そういう人の希薄な、圧倒的な自然に僕は惹かれる。更にどうでもいいが、暑いところより寒いところの方が好き。凍傷になりやすい末端冷え性ですけれど。
ルワンダは20年前にフツ族によるツチ族への大虐殺が行われた国である。いくつかの文献と資料を通して生存者と加害者の証言を読んでいるが、あまりに凄惨で、恐ろしく、狂気じみており、今回は協力者が多数いたシエラレオネのような取材はできないかもしれない。シエラレオネ以上に話を切り出すことを躊躇する。あなたは何族ですかという問いができない。話を聞けるか聞けないかは別にして、虐殺記念館には必ず脚を運ぶ。そこには遺体がそのまま安置されている。マチェーテ(山刀)で切り付けられ亡くなった人々の、干からびた遺体の数々。ビザの期間は長めに取った。年末年始をこの国で過ごすことになるかもしれないし、虐殺記念館を訪れてそのまま出国をするかもしれない。首都のキガリだけではなく、虐殺が激しく行われた別の町も訪れる。丘が多くて大変だが小さい国だからそれほど移動に時間はかからない。
世界中の戦争や虐殺に共通することは何か。何が人をそうさせるのか。それが分かれば、それを防ぐ手立てになり得る何かを見つけられるかもしれない。少しずつ足がかりを作っていくしかない。天秤が、歴史の検証ではなく少しでも非礼に傾くならば、取材は行わない。
この旅で最大のテーマは、このルワンダである。