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Description
“理不尽な手段により命を奪われた12人と巻き込まれた5人の人々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、平和を愛するすべての宗教の徒に祈りを捧げます”
生まれながらの仏教徒である。
生まれたときから仏教が生活の中にあり、仏教とともに育ってきた。仏教学者ではないからブッダの人生も空海の言葉もよく知らない。見たことはないから死後の世界がどうなっているのかも答えられない。
だが仏教は僕の中にあり、僕の中には宗教がある。
僕にとって、宗教とは「生き方」である。
仏教徒というのは仏教の教えを軸とした生き方をする人々であり、クリスチャンならキリスト教を、ムスリムならイスラム教を中心とした生き方をする人々を指す。特定の宗教集団に属さない無宗教という宗教(生き方)もあっていい。
だから僕はすべての宗教の徒に対して敬意を持ち、すべての宗教に敬意を払う。
これは次のように言い換えられる。
“僕は心ある生き方をするすべての人に敬意を持ち、すべての人の生き方に敬意を払う”
かつて母が仏教徒であったことから僕は二世信者として生まれ、人間を超越した存在に手を合わすことを自然とする環境で育ってきた。父は無宗教であったが、自然に対する畏怖と人間への尊厳を確固として持っており、それが父の「宗教(生き方)」である。
母からは倫理や道徳といった形而上学を、父からは時事問題などの形而下学を主に学びながら僕は育ってきた。生活の一部に読書やスポーツと並列して宗教があるのではなく、宗教の中に生活があり人生があるという宗教の徒にとっては当たり前のそのことを、僕は幼少時より知っていた。
初めて別の宗教に触れたのは22歳のときである。
ブラジルのボア・ヴィスタで死後についてクリスチャンと少しだけ話をした。イラストを描き僕は輪廻を説明したが、それは仏教を学んでいたからできたことだった。そして彼はカトリックの天国について教えてくれた。マナウスではエスピリタという宗教の徒にとても助けられた。彼ら彼女らの教会での歌が好きだった。雨季のアマゾンを抜け疲労で倒れこんだとき、助けてくれた男性は「神がお前を連れてきた、だから助ける」と語った。
ガイアナでもパラグアイでもアルゼンチンでもチリでも、僕はいつも他宗教の人に助けられてきた。
この10年、すべての旅の中で、あの南米縦断ほど僕を変えた旅はない。
初めて他宗教の人と宗教の議論をしたのは、北南米縦断、カナダのある牧師とだった。
イラク戦争についての話をした。英語が全く話せず議論にもならなかったが、米国支持のカナダ政府を大方肯定する牧師に僕は反論した。クリスチャンとして牧師として、殺しを肯定してどうすると思った。
それからことあるごとにクリスチャンにあの戦争をどう思うかと質問したが、それはキリスト教の粗捜しと弱点を探り、議論で負けないためだった。
最も心に残っているのは、フランス・ギアナで出逢ったモン族(ラオスやタイ、ミャンマー、中国などに暮らす少数民族。ベトナム戦争の難民となり彼女はパリで生まれた)の女の子との議論である。
キリスト教は「命」に序列をつけている。それはおかしいではないかと仏教徒としてまだ若かった僕は追及したが、いま考えれば重箱の隅をつつくような行為は何も生まず、またそんなことはどうでもいいことだった。
序列があるからキリスト教徒が命に尊厳を持っていないかというと決してそうではないことをいまの僕は知っているし、序列をつけないからといって虫のように小さな命をすべての仏教徒が大切に扱うわけでもない。クルアーンに「女性尊重」の言葉がないからムスリムの全男性が女性を蔑視していることもない。しかしどの宗教も言葉や表現の違いはあれ、命に対する尊厳と人間の謙虚さと隣人への愛と幸せを説く。
宗教の対話は議論ではない。勝ち負けや論争でもない。相手の生き方(宗教)を知り、私の生き方(宗教)を知ってもらう分かり合いと分かち合い。それで十分ではないか。批判をしたり優劣を競ったりすることを、果たしてブッダやイエスやムハンマドは望んだのか。
生意気を言いながら、僕は他宗教の人々に毎日助けられながら旅を続けてきた。
そのうちに、助けてくれる彼ら彼女らの眼差しや物腰や語り口やその内容が同じことに気が付いた。
「神があなたをここに連れてきた。だから助ける」
「私たちは兄弟だ」
「困っている者は助けろと」
「イエス(ムハンマド)も旅人だったからね」
「私がしてもらったことをあなたに返しているだけ」
人々は穏やかで優しく、故郷の近しい人々とよく似ていた。
旅の日々で僕の信仰は変わっていった。自分の宗教を一旦離れようと決めた。
だから僕は、仏教徒でありながら仏教を棄てた。
クリスチャンと話すときはキリスト教のいいところを知ろうとし、ムスリムと語るときはイスラム教のよいところを教えてくれとお願いした。相手の宗教(生き方)の粗を探す人間と、相手の宗教(生き方)のよい部分を見つけようとする人間なら、僕は後者になりたかった。
たくさんの宗教の徒と出逢ううちに、すべての宗教の根元にあるものは同じだと思うようになっていた。一言でいうなら、すべての宗教は「平和」と「調和」を目指している。
僕はいま、すべての宗教の根元にある宗教を信仰している。仏教系の根っこ宗教の信奉者だ。
インド独立の父、ガンディーはこんな言葉を残している。
「私はヒンズー教徒として本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜならそれらは不完全な人間によってわれわれに伝えられてきたからだ」
「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集り通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわないではないか」
(出典:遠藤周作『深い河』より。この本はヨーロッパ・アフリカ縦断の旅の全行程に同行している唯一の小説である)
僕の宗教観はこの考えと一致する。
宗教とは生き方だと前述したがそれは私個人だけの生き方ではない。
自分の父母、祖父母、身近な隣人たちや遥か彼方にいる先人たちが帰依してきた教えであり、生活であり、人生であり、民族の歴史である。仏教用語で真如といったりもするが、そのすべてを包み込む途方もない偉大な流れや法則や真理を、少なくとも僕は神と呼んでいるのかもしれない。
いずれにせよ、宗教を揶揄し批判し否定することは、ある個人ではなく、その人を取り巻くすべてを揶揄し批判し否定するのだとを知っておいた方がいい。
様々な宗教施設を訪れる度、様々な宗教儀式に参加する度、僕はいつも怖いほどの神聖を感じてきた。幾代もの長きに渡り、ある人の父母も祖父母も多くの先人たちもそして未来の子々孫々も、そこを聖なる場として大切にしてきて、また扱っていくであろうその重みを、果たして僕はどれほど理解できているだろうかと。
ブッダが下半身を脱ぎ毛の生えた尻と陰嚢をこちらに向けても、女装させて半裸にしても、仏教の聖典をクソだといったり、ブッダに弾丸を命中させる風刺画が掲載されてもなんとも思わないが、ある人々にとってはそれは風刺やユーモアの限度を遥かに越えた最大の侮辱となる。
シャルリーのことは知らなかったから、これまでにどのような風刺をしてきたのか少し調べてみた。心が痛んだ。ムスリムへの挑発と最大の侮辱だと僕には思えた。優しきムスリムの知人が一人もいなかったら、僕もその風刺画を見て笑ったかもしれない。
少なくとも僕は、問題となった風刺画から、ムスリムたちに対する尊厳というものを感じることができなかった。人々の生き方を侮辱し屈辱を与え貶める行為を、「表現の自由」と自分たちの「文化」の名の下、正当化できるだろうか。
宗教というものが、その人個人ではなく、その人の肉親や友人や同胞の過去・現在・未来のすべてを包むものであるからこそ、僕たちはお互いに尊厳を持って人々の生き方に接しなければならないと思う。
先進国の僕たちが見聞きしている報道はほとんどが西側諸国からのもので、ムスリムたちの視点での報道は意識しなければ見ることはない。
その西側諸国の報道は、ムスリムにとってクルアーンとムハンマドがどのような存在で、これまでにどのような屈辱を風刺によって与えてきて、ムスリムがどこまでその侮辱と嫌がらせに耐えてきたかということは一切語られない。報道されるのは、武器を持って殺戮を行うあのシーンだけである。
声を大にして言いたい。
世界に宗教(民族)戦争は存在しない。
争いは宗教(民族)によって自然発生的に起こるのではなく、敵対宗教(民族)への恐怖心や憎悪心の植え付けなど、争いに発展する前段階を含めて、争いは人間によって計画的につくられる。すべての戦争や紛争や動乱の陰に、誰かや何かの利権というものが必ず隠されており、そこを見つめなければ負の連鎖と歴史は永遠に繰り返されるだけだ。
「宗教」が人を殺すのではない。「人間の狂気」が人を殺す。もしも宗教が人を殺すなら、それはもはや宗教ではなく、人間の狂気と呼ぶべきである。否定していいのは、私たちの誰もが可能性を持つ、人間の狂気のみ。
僕の大切な友に伝えたい。
多くのムスリムは平和を望んでいることを。ほとんどのムスリムは暴力なんか望んではいないということを。
そして問いたい。
あの風刺にムスリムへの思いやりはあったのか。他宗教(生き方)に対する尊厳はあったのかと。
さらに問いたい。
お互いに、大人は子どもたちに他宗教への憎悪を植えつけてはいないかと。ムスリムもクリスチャンも私たちも、他宗教に対する尊厳を持っているかと。
理不尽な仕打ちに対するやるせない思いは共感する。だが怒りの矛先は末端で怯えている人々でない。適切な抗議と深い追悼の場を、怒りや不満の捌け口と混同すべきではない。
宗教とは「平和」と「調和」への道筋であり、すべての宗教は尊厳ある一人ひとりの「生き方」である。
僕が旅を通して学んだのは、そんなことだ。


