Description
I am in Ermelo where is 160km west from Swaziland. Every day I have received a lot of kindness from local people. Thanks.
彼は突然僕の股間をつかんで「おっきぃじゃない」と言った。
様々なことが起こり得る旅の中でそのような危険な目に遭うことは想定内だが、僕はその都度危険を察知して貞操を守り抜いてきた。しかし彼の視線のさりげなさ、その柔らかな指のしなり、その警戒を抱く暇を与えない素早い動作は、僕の経験を遥かに凌駕していた。
5月1日。ヨハネスブルグを出たばかりだというのに自転車のスポークが複数本折れ、進むことができなくなっていた。
この日は祝日でどこの自転車屋も開いておらず、スプリングスという町でやっと見つけた何でも屋に自転車の修理を頼んでいた。
店主はパキスタンの人間でムスリムである。金曜日は礼拝である。ということで僕は店を締め出され、礼拝が終わるまで近くのフィッシュ&チップスの店で彼らを待つことになったのだ。
中には45歳前後と思われる白人のオーナーがおり、パキスタン人のヒゲ店主はこいつを頼む、インシャアッラー(神の恵みあれ)といいつつモスクに向かった。
僕はケチャップの付いたテーブルで日記をつけ始めた。するとオーナーが人のよい笑顔をちらつかせてこちらにやってきた。
「日本からか?日本人は大好きだ」
彼は自分がいかに親日家であるかを説きながら親切に店を案内してやるといい、キッチンを抜けて裏側のゴミの散乱している空間に僕を連れて行った。
不意を突かれた。
見た目の無骨さからは想像もできぬ身のこなしで、彼の右の掌が僕の股間をやわらかく二度つつんだ。
「おっきぃ」
と彼は言った。
僕は焦り「ノ、ノー、アジア人、みな小さい」となぜかカタコトで反駁した。こ、これはふざけているだけなのだろうと思おうとした。
瞬間、再び手が軟らかく伸び、股間を撫でた。
「おっきぃじゃなぁい」
と彼は言った。
そのbigの発音はビッグではなくビィ~ッグであり、熱い吐息とともに宙を浮遊した。
「ノ、ノー、ぼくアジア人……」
力なく抵抗しつつ、僕はようやくそこで身体を左斜めの防御態勢に入った。真正面に対峙するのは危険だった。背を向けると穴が危険に晒される。どうも彼はその道のプロらしかった。尻を引き、僕は彼に対して斜に構えた。
そのとき緊張したからか非性的生理的欲求を催してしまった僕は逃げるように奥のトイレに駆け込んだ。
ところが、困ったことにトイレには鍵がない。防犯上、鍵をつけないトイレがあるとは聞いていたが、これでは逆効果ではないか。
僕は防御態勢をキープしたまま、普段は上品に両の手を添えるところを右手だけに託し、左手を自由の身にして彼の攻勢に備えたわけである。
「キミのビィ~ッグを見せてごらん」と言いながら彼はピタリと後ろに並んだ。
「アジア人、スモール、ノー」
訳の分からない抵抗を示しつつ、左手で彼の侵入を阻止し、かつ必死で用を足しつつ前後の貞操を死守した。
僕は誰もいない裏側から店内に戻った。客席で強引に責めてくる可能性は低いはずだ。客は他にもいるのだから。
しばらく日記をつけていたが、気づくと、数組いたカップルや親子連れがいつのまにかいなくなり客席は僕だけになっていた。一人いた黒人のスタッフもなぜか奥に引っ込んでいる。視線を感じふと顔を上げると、件のオーナーがカウンターからこちらを見ているではないか。南アでは男性のレイプ被害だって起こっていることを遅まきながら思い出した。彼はカウンターを越えて禁断の歩みを開始した。
アッサラーム・アレイコム。待たせたなと、そのとき待ち人がやってきた。
オーナーは歩みを止めさりげなく側のテーブルを拭き始めたが、その動作は先ほど垣間見せたプロの手つきや仕草からは程遠くぎこちなかった。
去っていく僕に、秋風のような表情をして「いい旅をね」と彼は言った。
追記:Bigという英語を日本語に訳すとき、「おっきぃ」「おっきぃじゃない」「巨根ですな(意訳)」「でっけー」などいかようにも訳せることを考えると、日本語はすばらしい言語だなと改めて思うのである。ちなみに僕は普通である。
追記2:僕はへテロセクシュアルだが、どのような性愛の嗜好があってもよい。マザコンだとからかわれないように母に辛く当たる中高生がいるのと同じように、ホモやレズだと周囲からいわれないように同性愛者に冷たく接する人がいる。周囲の視線や揶揄を恐れるからだろうか。ならば群れから離れて独り立ちをするべきである。なお状況によって人間はバイセクシュアルに変わる可能性があると僕は思う。
追記3:ヨハネスブルグから道に迷い、自転車の不調、現地の人に歓迎され滞在、地元新聞の取材など、1週間でレソトに着けると思ったが、時間がかかっている。西風が強く、スワジランドから先が思いやられる。また寒さが厳しく、朝、動けないのが大誤算である。夕方の水浴びは苦行である。