possessiveness and jealousy

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Description

There is a connection between possessiveness and jealousy. There is a big difference thinking about sex between Maasai who are cattle breeding people and Japanese who are cultivation people.
I have a lot of books which my father who loves books selected on my journey.
It is so useful and fun much.

旅の楽しみのひとつはテントの中での読書である。
本を愛する父にそのときどきの僕に最も必要だと思える本を選んでくれと頼み、そういう本を各地で受け取りながら旅をしてきた。紙は重いから持てる本には限りがあり、だから1冊の本を何度も何度も何度も読む。すると有名作家の文章の間違いに気づいたり、同じ内容でも捉え方が変わったりとおもしろい発見がけっこうある。たくさんの本を読むのもいいが、1冊の本を繰り返し読むこともお勧めである。

さて昨年8月、西アフリカのベナンにいる姉の下に父から僕宛に何冊かの本が届いていた。その中の、伊藤正孝 著『アフリカ33景』に大変おもしろい記述があったので、以下に一部を紹介してみたい。残念ながら実地調査はできていないが、タンザニアでマサイに逢いながらいろいろと妄想を掻き立てた。他の内容も非常に興味深いので、アフリカに興味がある人はぜひとも買うか図書館で借りるかして読んでほしい。

これは、僕たち日本人のように定住をする農耕民族と、移動をする牧畜民族マサイとの「所有」という概念に対する違いが鮮明に浮き出ている証言である。「所有」という概念を僕たちは少し考えて見る必要がありそうだ。
僕の友人で若き「性」の研究者(R・O氏)が西アフリカに協力隊員(専門は「性」の研究だったと思う)として派遣されているが、彼にはぜひとも一考をお願いしたく、帰国後、アフリカと日本における「性」の概念について論議を深めたいところである。では、どうぞ。

伊藤正孝 著『アフリカ33景』より

・サイディアというスワヒリ語がある。「助ける、手伝う」という意味だが、愛の口説きに使われることがある。頑なな態度を取る相手に「私は思いを遂げたい。苦しい恋心をせめて助けてはくれまいか」と訴えるとき、このサイディアが使われる。愛は相互扶助だとアフリカ人たちは思っている。「性」は自分にないものを相手に「サイディア」してもらうのであり、補完的作業である。

・所有、相続の概念と、女性の貞操の間には、相関関係があるように思える。アフリカは先進国に比べ性の解放度が高いが、牛のような動産しか持たない遊牧民と、土地、家という不動産を持つ農耕民との間には、かなりの隔たりがある。農耕民でも土地の生産性が高くて、しかも農地が狭い村は相続問題が厳格であり、相続が厳格であれば、性にも錠前が下りる。

・野生の叫びが豊満な肉体に潜んでいるらしい。
「息子を身ごもっていたときですが、(アフリカで結婚した黒人の妻が)土を食べ始めた。土といっても地面のものではなく、枯れ木に蟻が運び上げた土を集めたのですが、それをぱくりと食べる。私の体が土をほしがるのは、男の子が生まれる証拠だなんていっている。結果はその通りになりましたけどね」(日本人駐在員の話)

・雑役婦という辛い仕事をしていたアンナにとって、結婚こそが何よりもの解放だったのだ。
アフリカにも婦人解放の声は高いし、政治にも経済にも婦人は食い込み始めた。知識層は共働きで中流階級を形成しつつある。それでも雑役婦や女子工員や店員のような下積みの女には結婚の安らぎが解放である。(しかし期待が外れることも多いだろう)

・タンザニアのリフトバレーに住む遊牧民ダトーガ族は結婚式を悲しむ。泣いて一晩を明かす。しかし結婚後は不自由かというとそうでもない。亭主が乾季の放牧に出かけた後、奥さんが愛人と同棲するケースは多い。亭主が嫉妬に狂っても周囲は冷淡。「生身の女性を1年も放っておいた方が悪い」(僕が学生の頃、女はなまものよという言葉を教えられたことがある。大切に扱わないといけないらしい)

・「私はイバナといいます。21歳です。

浴室から一糸纏わず出て行く瞬間が好きです。
腰の周りに楔形の彫り物。男たちはビックリする。成人の日に掟にしたがって入れた。左の心臓部にある傷は最初に愛した男が槍でつけた。右の乳房の傷は2番目の男。私の身体は愛の記念碑です。
男たちはみな私たちの容姿を褒める。でも顔付きや身体の線がマサイの自慢ではありません。痛さに耐えて、肉体を彫る心意気が大切なのです。私たちは言葉がつたないから上手く言えなのだけれど、美しいってことは苦しいことだと、祖先が教えてくれたのではないでしょうか。
「美は苦痛にあり」なのです。
いままで何人の男と寝たのかと訊かれ自尊心を傷つけられました。スウィートハートが5人、ボーイフレンドの中にも好きな人が20人います。

「好きになったら誰とでも寝るわ。今日はあなたを好きになったの」
マサイ語には売春という言葉はありません。性愛というのは助け合いです。男と女が相手の体にはないものを融通しあうのです。それで楽しんで、必要を満たし、アサンテ(ありがとう)といって、お金を払ったり、腰巻を贈ったり、それでいいじゃありませんか。
マサイの男は妻の貸し借りもします。誰にでも、というのではありませんが、大切なお客さんや、一緒に割礼を受けた同期の仲間には貸します。妻たちは拒否する権利があります。でも大抵は喜んで寝ます。男たちが一人の妻では満足しないように、女も多数の男と寝たい。キリスト教やイスラム教の規律を、マサイは一切受け付けません。あんな人間性に反するものを、どうして信奉しなければならないのか、分からない。社会全体がよっぽどネジくれているのではありませんか。~略~

私は一切避妊をしません。使命感で寝るのではなく、実際は楽しみから男と融通しあうのだけど、子どもをたくさん産むのが女の義務です。最初も二番目も男の子です。最初はスウェーデンの技術者の子ども、二人目はよく分からないけど日本人の協力隊員の子ではないかと睨んでいます。~略~

世界一の新聞記者(日本の某大手新聞の記者)は「それは外交ではない、国際売春だ」と言い張りました。彼の話では、日本の売春は暗いんですってね。男と女の助け合いではなく騙し合いだといっていました。「わたし処女よ」といって相手をだました女性は余計お金をもらえるそうですね。
タンザニアではフンジ(熟練者)を大切にします。それはセックスの世界でも同じです。
日本のセックスが暗いなら私が技術指導に行こうかしら」(2月28日 タンザニア、スンバワンガ)

追記:僕はたぶんマジメでカタい人間なのでこの境地に至ることはたぶんないかもしれないが、ヤキモチや嫉妬は、この所有欲から発しているはずである。所有という概念はやはり定住とどこかで関わってきているように思われる。そしてその所有は、人間性や生活文化にまで影響を及ぼし、性の分野にも深く入り込んでいる。彼女の話で的を得ているのは日本の売春は暗いという部分だ。よく分からないが、そうなのかもしれない。営みはしかしすべからく、明るく助け合いでありたいもの。友人の「性」の研究者へ。セネガルではどうなのか、研究考察をよろしくお願いします。
現在持っている本は遠藤周作とジャン・ハッツフェルドの2冊となった。それに電子辞書の日本文学100選。太宰治の『御伽草子』が最近は好き。

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